『腐りゆく恋心』   桜葉→→→主人公                視点:桜葉




携帯電話の発信履歴の一番上にある彼女の名前を、話題も考えずに押す。
数秒のコール音の後にいつもの声が聞こえてくる。胸になんともいえない安心感が広がる。

日が沈んだ時に閉めたカーテンをそっと開く。
窓を開ければ。そして手を伸ばせば届く位置に彼女の部屋の窓がある。
カーテンは閉まっていた。電気は消えていた。

「今どこ」

シンプルな質問の答えはすぐには返って来なかった。
彼女が息を吸い込むような音が聞こえたような気がした。

「部屋にいるよ」

今度はこちらが黙る番だった。
窓を開ける。カラカラという乾いた音が響いて、冷たい風が吹き込んできた。
短く「そっか」とだけ返した。

彼女の部屋に人が居る気配はなかった。

すぐに分かる嘘。

ずっと前から彼女のことが好きだった。
それはいつからか分からない。
気がつけば彼女のことならどんな些細なことでも気になって、彼女のことばかり考えるようになっていた。

気持ちは膨らむ一方で、膨らんだ気持ちを悟られないようにずっと隠していた。
できるだけ暗い静かな場所に隠しておいたそれは、それ自体が持つ熱でどんどん腐っていくような気がした。

電話の向こうに人の気配がする。
彼女の名前を呼ぶ、男の声。

「誰か居るん?」

また静かになる。
窓から吹き込んだ風にカーテンがはためいた。

「……で」

不意に聞こえた彼女の声を聞き逃してしまい聞き返す。

「なんで、そんなこと聞くの」

今度は聞き逃しようのない、ハッキリとした声音だった。
暗に関係ないだろと言われている様な物だった。

好きだからと、きちんと言えばいいのに。

どうしてこんなに歪んでしまうまで放っておいたのだろうか。

もっと早くなんとかできただろう。

もっとキレイな形でこの恋を終わらせられた瞬間は、なんどもあっただろう。

他人事のように考えて、一瞬頭がさあっと晴れる。

声が震えないように抑えて、ごめんと言うのが精一杯だった。
返事は待たずに電話を切った。

吹き込んだ風が頬を撫でて、やけに冷たかった。



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