『不可解マイペース』   設楽+バンビ                  視点:バンビ




帰り支度を終えて教室から出ると、まだ数人の生徒でざわつく廊下に微かにピアノの音が混じっていた。
綺麗な音色に引き寄せられるように音楽室へ足を向ける。
邪魔をしては悪いと思い、廊下に面した扉の小窓から中を覗く。
案の定、見知った顔がピアノを弾いていた。
そっと廊下にしゃがみ込んで演奏に耳を傾ける。
あんなに捻くれてるのに、こんなに綺麗な音色を奏でる。ちぐはぐだ。
そもそも、あんなに綺麗な顔立ちでしかもお金持ちの先輩が、小学生のような捻くれ方をしていることの方がちぐはぐか。
物思いにふけっていると、ピアノの音が止んでいた。カツカツと室内の足音が近づいてくる。
慌てて立ち上がるのと同時に、扉が開いた。設楽先輩が顔を出す。

「お前……」

いきなり睨まれる。でも、いつものことだから気にもならない。

「何してるんだ」

スカートの裾についた埃を払いながら「たまたま通りかかっただけです」と返して立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。
いっそう険しい視線に、ほんの少し怯んだ。

「スカートの裾が汚れるような通りかかり方があるか」

そのまま引き摺られるように音楽室の中に連れ込まれる。
私の片腕を掴んだまま、逆の手で適当な椅子を引っ張り出すとピアノに備え付けられた椅子の方へ向けて置く。
その椅子を指差して「座れ」と簡潔に告げて、先輩はピアノの椅子の背もたれ側を前にして座る。設楽先輩らしくない、お行儀の悪さ。

「なんで私が居るって分かったんですか」

別にそれほど気になったわけではないが、他に話題が思いつかずに聞いてみる。

「俺はちょくちょく外を覗いてなんかない。たまたま外を見たらお前がいただけだろ」

どうやら私のことを待っていたようだ。たまたま足を向けてみて正解だった。
きっと今日ここへ来なかったら相当機嫌を損ねていたことだろう。
何か用ですかと聞きたい気持ちをぐっとこらえて、しかし他に言いたいことがあるわけでもなく。結局「なるほど」なんて間抜けな言葉が出ただけだった。

しばらくお互いに無言のまま見つめ合った。まあ、先輩のほうは見つめるというより睨むという感じだったが。
言い出しにくいことが何かあるのだろう。
何かきっかけを作って彼の言いたいことを聞き出してあげなければ、この緩々とした軟禁状態から抜け出せないことは容易に想像できた。

かといって、全然心当たりが無い。仕方が無いので色々考えながら口を開く。

「お腹空いてますか。お菓子あるんで食べませんか」

いたって真面目な顔で「いや、減ってない」と返された。

「この間借りたCD、凄く良かったです。明日お返ししますね」
「凄く良かったならもう少し借りとけばいいだろ」

言い方は優しくないけど、もう少し貸しておいてくれるみたいだ。借り物のことでもない。

「そういえば、今月はKCH交響楽団のイベントが……」
「興味ない」

よく分からないが地雷だったようだ。親の仇にでも会ったように、憎々しげな様子だ。
なかなか噛み合わない会話に、先輩の指が椅子の背もたれを落ち着き無くトントンと叩いている。

「しゅ、週末は晴れるそうですね」
「もう予定があるのか」

噛み合いそうな感触に、慌てて「ありません」と答える。週末の予定を即答でありませんと返すのも考えてみると少し恥ずかしい気もしたが、今はそんなことを恥らっている場合じゃない。

「やっぱり暇か。いや、週末の試写会のチケットを貰ったんだが、紺野は忙しいみたいで仕方なくお前を誘ってやろうと思ってな」

やっぱりとか仕方なくというのが気になったけれど、なんだか嬉そうなので水を差さずに聞く。

「ついでに夕食くらいなら奢ってやるぞ」

小学生のような捻くれ方だと改めて思って、たまらず笑ってしまった。
露骨に嫌な顔をされたけど、笑顔のままで「週末の試写会喜んでご一緒します」と返すと、これまでの仏頂面とは打って変わった笑顔を見せてくれた。

やっと話も解決したので鞄を持って椅子から立ち上がると、なるべく平坦に「帰りますよ」と声をかける。
不意打ちの笑顔に心拍数が上がってしまったことを表に出さないように一足先に音楽室を後にした私の背中に、先輩の声が追いかけてきた。



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